
古代、現在の徳島県の北の地域は粟の生産地だったために粟国(あわのくに)、
南の地域は長国(ながのくに)と呼ばれていたが、大化の改新の後に粟国に統一されました。
和銅6年(713年)、元明天皇の命により地名を二字で表記するため粟は阿波に変更されたのです。
中世、鎌倉時代においては鎌倉幕府により佐々木氏、小笠原氏が守護に任ぜられました。
室町時代には三管領家の一つである細川氏の支配するところとなりますが、戦国時代の到来により
小笠原氏の庶流である三好氏がこれに代わることになったのです。
その後、土佐国の長宗我部氏の侵攻にあいますが、豊臣秀吉の四国征伐後に蜂須賀氏が阿波に
封ぜられ明治に至ります。江戸時代には、徳島藩と富田藩(徳島藩支藩)が置かれました。